無可有庵

音楽その他ついて

近況

Facebookやブログで更新してなかったのですが、3月に無事、社会福祉士(+介護福祉士)の国家試験に合格しました。何というか2年半、音楽に掛ける時間を我慢し頑張った甲斐があったかなと思っています。

 

もともと音楽家として活動・勉強している間に色々なアルバイトや社会経験を積み、何かしら今を生きる一人の人間として今の社会が抱える問題に関与したいという思いがあった事から、仕事の裾野を広げるという意味でも社会福祉の勉強が役立つのではないかと思ったのですが、心理学や社会学、それに日本や世界の社会福祉の歴史、相談援助の方法論など、どれも奥が深く、すっかり勉強に嵌まり込んでしまいました。

 

試験が終わり、前職を退職。現在、複数のパートを掛け持ちしながら妻と自宅の音楽教室を開講し忙しくしています。


Recent update

I haven’t been updating Facebook, but in March this year I successfully passed the National Qualification of Social Worker(&Care Worker) exam. It took me two and a half years of sacrificing my time on music &just about anything... Well I have finally been paid off.

 

The studies were interesting though. I first conceived the idea of studying social work after my interests in the current societal issues in Japan and the globe had grown to a certain level. As a musician working multiple part-time jobs, I probably had seen the facets of life and society, both positive and negative, which led me to pursue the studies. While they had covered vast areas of discipline including psychology, sociology, history of social work, and helping relations, all were interesting, arousing my curiosity. I actually did not feel pain at all, and enjoyed most of them—except the unpractical memorization of trifle things.

 

After the exam, I switched my job, currently working multiple part-time jobs, again, and keeping busy with the music class we had just opened!

音楽において芸術性と大衆性とは〜林光『音楽の本』を読んで

現在、林光さんの『音楽の本』を読んでいる。どの箇所もとても面白く、思考を喚起されるのだけど、特に白眉と思ったのがベートーヴェンの音楽の大衆性についている箇所:


ゲーテが、ベートーヴェン自身のピアノで、第五交響だったかを聴かされ、すっかり不きげんになって、何か口の中でブツブツつぶやいていたという話は有名だが、たぶん彼は、この「理想像」的作曲家の能力と危険性を敏感に感じ取ったのではないだろうか」(以下省略)


そしてその「危険性」とは「芸術作品における、作者自身のうたと、そこから受け取り手が読み取る作品自体のうたとの誤差、またその誤差から生まれる、おそらく作者自身も気づかぬ、あるいは気づいてもどうにもならね、時代そのもののうた、といった芸術の世界に独特の性質と、その性質がもたらす独自の面白さ楽しさ、さらには不思議さ」ではない「専門家よりも民衆に語りかけ」「ひとつのことをくりかえし、念をいれて、なっとくするまで語り続ける、という、いわば民衆のことばで語る人物」としての「作曲家の理想像」としてのベートーヴェンについて感じ取ったものだ。


この謂わば「(芸術)音楽における大衆性」というテーマは林光を貫いていた最も主要なものであったと感じているが、それは氏がビートルズについて論じているところにも如実に表れている。音楽の「しろうと性」と「くろうと性」。そしてこれが実は自分の音楽にとっても主要テーマであったことに気付かされた。分かり易く言うと、僕は自分の音楽の中で、「しろうと的なもの」を素材にして「くろうと的なもの」を構築したいというのがあり、それは絶対的に尺八音楽をやっていたことと関係ある。その「しろうと的なもの」とは言葉で言えば口語的(colloquial)なものかもしれない。おそらく林光とは全く違うとは思うけど、この歳になって著作を紐解くとよく理解できるし、共感する部分が多い。

幼児教育について思うこと

幼児から大人の方まで幅広くピアノを指導しているが、つくづく幼児対象のレッスンは難しいと感じる。5歳にもなれば大分、言語的なコミュニケーションも可能になる。しかし、3, 4歳だとそういうわけにもいかない。音感、リズム感、楽譜の理解、実際に弾いてみることなど課題は見えているのだが、それだけにその前に立ちはだかる認知的なレベルでどうしても壁にぶつかってしまう気がしている。


だが、最近思うことがある。本人の意思や希望でレッスンに来ているにせよ、親の意向にせよ、やはり一番大切なのはそのレッスン時間を楽しむということではないか。そう思うようになった。間違えて弾いていたり、認識しているのに対してそれを指摘し、「指導」するのが教師の役目である。それはもっともなのだが、そればかりで子供たちは楽しく音楽を学べるだろうか?やはり基本はその子その子の世界観(眼前の音符や音をどう感じているか)に立って、寄り添いながら適切なアドバイスをしていくことなのではないかと思う。さもなければ、その子は最悪の場合、音楽をピアノを嫌いになってしまう可能性がある。言うまでもなく、どんなにスパルタ教育を施して、その児童・生徒が弾けるように指導したとしても、音楽を嫌いになってしまえば、音楽の素晴らしさや魅力を伝えられなければ良い指導者とは言えない。


小さな子供たちと接すること。そして五感で対話しコミュニケーションを図り、関係性を築いていくこと。決して容易ではなく、山積する課題である。

聖書の教え

私がどこまで真剣にクリスチャンを名乗れるのか分からない。部分的にかもしれないし、全部、或いは全くゼロかもしれない。しかし、いずれにしても聖書との出会いは私を変えた。そしてそれは私の人生の航路と音楽上の探求の交点で起きた事である。 マタイ10章:34節を見よう。 「地上に平和をもたらすためにわたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。(Do not suppose that I have come to the world to bring peace. I did not come to bring peace, but sword.)」 これは当時仏教を信奉していた私にとって衝撃以外の何でもなかった。そして当時関係のあったキリスト宣教師と真剣な議論を交わしたものである。音楽史キリスト教史は重なり合うところが多く、西洋音楽の内実を読み解くのに聖書は重要な参考であろう。そして私の中では仏教の教え、特にチベット仏教の教えとキリスト教との交わり、或いはシルクロードを経由して伝わったとされるネストリウス派(景教)が日本に伝わった可能性について最も関心が高い。上記の宣教師とはケン・ジョセフ・ジュニア氏。私を仏教からキリスト教に改宗させようとした人物である。(彼の教会で私はピアノを奏楽していた。) このところ教会には全く行けていない。「求めなさい、そうすれば与えられる。探しなさい、そうすれば見つかる。門を叩きなさい、そうすれば開かれる。(Ask, and it shall be given to you; seek and ye shall find; knock and it shall be unto you.)」(マタイ7章7節)これも好きな箇所である。

ロマン派の勉強を始める

今日はふとフォーレの『レクイエム』を聴きたくなりCDで聴いていました。ミシェル・コルボー指揮ベルン管弦楽団。コルボーは宗教音楽の解釈に定評があり昔購入したCD。とても好きだが、どうしてもデュリュフレのレクイエムと比較してしまう。作品としてフォーレの方が均衡は取れているかもしれないが、デュリュフレは特別好きな作品なのだ...そしてこの曲について教えてくれたのがオーストラリアの高校時代の音楽の先生。人間的にも好きだったけど、イギリスで学んだオルガニストで凄まじい即興演奏をする音楽一筋の方でCDやスコアを貸してくれたり、特に20世紀以降の音楽に目を開かせてくれた。その先生が特に好きだったのがヴォーン・ウィリアムズデュリュフレだった...


あまり自慢出来ることではない、というか大変残念なことに大学時代は殆どアカデミックな勉強が出来なかった...ようやく今、少しの余裕が持てるようになり音楽史(音楽学)に目を向けている。子供たちの指導の為という意味合いもあるが...特に以前からピアノの恩師にも言われていたロマン派についての勉強を。少しずつ紐解いている...


ウクライナの街のバッハ『無伴奏チェロ組曲』

ウクライナ情勢については正直なところ、新聞やニュースからの情報でさえ積極的に追い掛けてきたとは言えず、元々ロシアという国の政治的・歴史的背景についての知識も疎かったというのが正直なところである。プーチンとゼレンスキーというある意味で対照的な政治心情を持つ人物がとたんにクローズアップされるようになって少しずつ関心を持つようになった。


私はヨーロッパ人でもなくヨーロッパ系でもない、極東アジアに住む、欧米圏で教育を受けたことのある、西洋音楽を学ぶアジア人であるが、西洋、殊にロシア・スラブ圏に住まれる人々は今回のロシアによるウクライナ侵攻をどのように見ているのだろうか?


政治と音楽というテーマは難しい。クラシック音楽(特にロマン派期の音楽)が20世紀の戦争の為に利用されてしまった経緯や、第二次世界大戦後に於いては冷戦構造、絶えない各地での紛争に対して西洋音楽の伝統がどう向き合ってきたかは深いテーマであるし、ロマン派以前の作曲家が殊に政治や社会情勢に対して持ってきたスタンスや音楽に何を意図してきたかといったテーマも同じように深い。


個々の作曲家、例えばJ.S.バッハが何を作品に意図したかを今日完全に把握事は確かに不可能ではある。が、解釈によって、バッハの作品を媒介として祈りの音楽を捧げる事は出来るだろう。

https://www.washingtonpost.com/world/2022/03/23/ukraine-cello-russia-kharkiv-music/

記事の中で、バッハの無伴奏チェロ組曲第5番を選んだ理由として、「精神(spirit)を高めてくれるから」とカルキフの街でチェロを演奏するカラチェヴツェフさんは述べている。ロシア軍の更なる攻撃によってより多数の死者が生まれ、街が破壊されることを塞ぐ手立てとしてバッハの演奏を録画・配信し状況を訴え、祈りを捧げることを選んだのだろう。音楽を聴く私は、西洋音楽の理想は何だったのかと問わざるを得ない。連帯ではなく、ロシアの人々も含めた和平が一刻も早く実現するよう願う。

今に生きる未来

最近、知り合って親しくしているZ先生は私の英語の先生であり、アーティスト、詩人でもあり私のメンター、友人でもあるのだが、その彼曰く「今、未来を生きろ」...これって禅問答のようだが、禅から昔学んだことは「今を生きる」(live the present moment)である。禅は「隻手音声」のように現実の言葉を超えた世界を志向しているようだが、それでいて極端な現実主義に陥る危険性もある、ような気がする...かの西田幾多郎も禅思想を称揚し、謂わば「考えずに(批判精神を持たずに)」国家戦争のために命を犠牲にせざるを得なかった兵士たちに思想的バックグラウンドを提供した廉で戦後に批判された経緯があるし、やはり考えずに三昧になって批判精神を捨てることは国家体制にしてみれば統制を取りやすいので都合が良い反面、個人レベルでみれば善悪の倫理的な次元に盲目になり「全体の悪」に奉仕するような結果になりかねないのである。


つまりいつの間にか未来の夢は現実の壁によって無残に打ち捨てられ、気がつけば「今を生きろ」というどこからともなく聴こえてくる幻聴によって私の精神はもはや癒えることのないレベルにまで磨耗尽くされているのである。「今を生きる」ことがさも自明のようでありながら実は国家や社会の強制するプロパガンダに過ぎないことに気づくのに私は20年も掛かった...やはり人間は未来を思い描きながら生きるのが本来の姿なのではないか?


今日もピアノを教えていて思った。楽譜を読んで私たちはその小節、その次の小節、そのフレーズの終わりまで頭に楽想を思い浮かべながら弾いている。決して「今」だけに集中するのではない。(尺八ならばただ今の呼吸に全てが完結するのかもしれないが)同じように我々の生も今日、明日、今年といった「未来」のことまで、現在のこの一瞬のうちに考えて生きている。それが生なのだと思う。