Moebius Diary

音楽、社会、思想、その他

実証主義批判からバッハへ

実証主義批判からバッハへ
 
 最近、こちらの本(『ニュー・ミュージコロジー:音楽作品を「読む」批評理論』)を紐解いておりました。圧倒的に面白い内容ですが、訳書である為にやはり原著にあたるとより分かり易いです。例えば一つ目の収録はジョセフ・カーマンによるもので、実証的研究(positivism)が中心であった音楽学に対しての批判という意味での「ニューミュージコロジー」について書かれています。それは音楽という営みの自律性(autonomy)という大変に大きなテーマに直結します。つまり音楽学という比較的新しい学問は最近まで他の人文学の領域とはあまり接点を持たず、実証主義的以外のポストモダンなアプローチは顧みられていなかったという事です。
 この事がイギリスでも話題に上がっていると聞くdecolonization(脱植民地主義)の流れに連なります。「客観的真実」(objective  truth)への疑義は私の理解ではフリードリヒ・ニーチェは勿論、フロイトマルクスなどの思想家によっても提示されていますが、社会との繋がりから全く切り離された状態で「自律性」を以て発展してきた(西洋)音楽が「社会の中」で自らの立ち位置を定めるにはこうした批判的視点を取り入れる事は必須であると考えます。
 これに関連して読んでいるのが『バッハの生涯と芸術』(フォルケル著/柴田治三郎訳)です。現代のような複製技術のなかった時代における音楽作品を再現する事の意味について探る為です。「客観的事実」を記録から推測する事は出来ますが、より現実的なのが「口伝え」だったりします。たとえ地理的・時間的に離れていても、様々な媒体を通して手にする事の出来る作品の原型について探ろうとする事は知的好奇心を刺激する



最高の愉しみの一つです。